No.48

5月7日付けでWaveboxくださった方ありがとうございます😽

探偵まみりんやっと書き終わりました。
現パロ要素盛り込むのは楽しかったけどミステリにしちゃったからまとめるの難しかったーーー。修行が足りぬ。

SNSに画像版を投稿するのでこっちにはテキスト版を。
前の続きからにしようと思ってたけどややこしいのでもう全文にします。
#小話
冬より春を招く者

「うちの事務所にご用ですか」
 ぶっきらぼうな声音に、私は目が覚めたようになって顔を上げた。
 いつの間にか隣に立っていたのは、壮齢の男性だった。大きなバックパックを足元に置いている。荷物を下ろして扉を開けようとしたところで、スマホ片手に立ち尽くしている私の存在に気付いたらしい。
 白い息をけぶらせながら、私は目の前の建物を見上げた。レンガ造を模した古風なデザインだ。掲げられている看板には、控えめな書体で〈間宮探偵事務所〉と書かれている。
「あなたが探偵さんですか?」
 思わず逆に聞き返してしまうと、彼は鼻の頭に皺を寄せた。
「面と向かって尋ねられると少々面映ゆいですが、そうです」
 探偵は扉を押し開け、荷物を片手で軽々と持ち上げて薄暗い事務所の中へ入っていった。やはり無愛想な声で入室を促され、私は慌てて足を踏み入れる。スマホを放り込んだ鞄の中から、ピーと無機質な音が鳴った。
 しもやけになりそうな手を擦りながら、こじんまりとした応接間を見回す。清潔に掃き清められているが、机を挟んで椅子二脚、ファイルや書籍が詰まった本棚の他にはほとんど物が無い。チェストの上に空の花瓶が飾られ、トカゲのような小さな金属製のオブジェが置かれている。近寄ってみると、オオサンショウウオ、と但し書きのプレートがある。装飾品と呼べるのはそれぐらいだった。
 ただ一つ印象的なのは、壁一面に貼られた日本地図だ。複雑な海岸線とその内側の山脈や河川は、衛星写真のように正確だった。地図に対して「正確な」とわざわざ付け加えたのは、驚くべきことに、それが手書きだったからだ。微細に書き込まれた巨大な地図が、威風堂々たる佇まいで私を見下ろしている。
 椅子にも座らずぼんやりしていると、奥の扉が開いて、紙コップの乗ったお盆を掲げた探偵――間宮氏が現れた。湯気の立つ紙コップを私の前にだけ置いて、軽く頭を下げる。
「今日はスタッフが休みなもので、行き届かず申し訳ない」
「あ、いえ、こちらこそ急に押しかけてしまって」
 紙コップを手で包むと、かじかんだ指先がほどけていく。助かった。長い間外で待っていたので、すっかり凍えてしまったのだ。
 席に着いた彼の出で立ちを改めて眺めると、山登りでもしてきたのだろうか、という服装だった。生半なアウトドアではなく、本格的な登山を彷彿とさせる。あの荷物の大きさもキャンプ用品が詰まっていたのだとしたら納得できる。こんな真冬に、しかも北辺の地でよくやるものだ。
 間宮氏は引き出しを開けて、机の上に名刺を滑らせた。確認してまたも思わず声が出る。
「測量士?」
「本業です」
 探偵は言葉少なに答えた。別の引き出しから手帳を取り出し、ボールペンをノックする。アナログ派らしい。
「それでは、ご用件を伺いましょうか」
 私は膝の上でぎゅっと拳を握り、深く息を吸った。
「妹を探してほしいんです」
 鞄を漁り、コンビニでプリントしてきた写真を差し出す。私と写ったツーショットだ。拝見します、と間宮氏が手に取った写真をなんとなしに目で追いかける。
 彼女がいなくなった日付、当時の服装、外見上の特徴、行きそうな心当たりのある場所。半ば暗記してしまったそれらの事項を、問われるままに説明する。
「妹さんが失踪される前兆のようなものはありませんでしたか」
「ええ、これといった心当たりは特に」
「弊社以外にご相談された事務所はありますか?」
「こちらが初めてです」
 他にもいくつかの質疑を重ねると、間宮氏は不意にペンを置いた。丸い顎の先を摘み、地図を背にして沈思黙考している。
 思索に沈む探偵の様子を、私は固唾を呑んで見守っている。そしてふと、彼が第一印象とは違って、案外と人好きのする目鼻立ちをしていることに気が付いた。眉がペンを引いたように太く、目が丸く、総じて理知的ながらも穏やかな顔立ちと言っていい。もしにっこりと笑えば子どもも心を開くのではないだろうか。とはいえ、何をどうすれば彼がにっこりするのか見当もつかなかったが。
 あまりに長い時間間宮氏が黙りこくっているので、私は焦れて口を開いた。
「私の依頼、引き受けていただけますでしょうか。代金はいくらほど……」
「その前に一点、お尋ねしたいことがあります」
 やおら顔を上げた探偵の目つきに、私はぞくりとした。窓の外に積もる雪のように静かで、氷のように冷えた眼差しが私を見ている。探偵の口が、ひどくゆっくりと動いて見えた。
「あなたは、本当に妹さんを探されているのですか」
 私は――答えられなかった。笑い飛ばそうと、あるいは怒ってみせようとしたが、咄嗟に舌が回らず、無様な沈黙を晒した。
「まず気になったのは、あなたの服装です。ここいらはまだ雪が積もっているというのに、あなたはずいぶん春めいた格好をなさっている。少なくともこの辺りに暮らしている方ではない。かなり暖かい土地から来られたのだろうと推察します」
 息を切らして新幹線に飛び乗った足取りをも見透かされているようで、私は黙って目を逸らした。
「となると次に気になるのは、どうして私の元を訪ねてこられたのか、ということです。わざわざ遠方から来られたということは、既に相当弊社のことを調べているはず。うちはろくに広告を打っていませんから。ご自身の抱える問題解決に向けて、よほど弊社のことを見込んでくださったのか。それにしては今日やってこられたのはおかしい。うちのSNS……運用はスタッフに任せていますが……、そこにしっかり休業日だと書かれているはずですから」
 探偵は机の上で指を組んだ。分厚い手のひらだな、と頭の片隅で思う。
「別の可能性は、出かけた先で偶然うちを見つけた、というものです。可能性は低いが、ありえなくはない。何故なら、あなたは弊社のことも、この土地のこともろくに調べずに、ふらりとやってきた形跡があるから。服装のこともそうですし、先ほどあなたの鞄から、スマートフォンのバッテリーが切れた音がしました。マップアプリを開きながらやみくもに歩いていればそうもなるでしょう」
 辛うじて充電器は持ち出したものの、モバイルバッテリーを忘れたのは痛恨のミスだった。ほとんど着の身着のままで、とにかく遠くへ行こうという一心で動いていたものだから。
「最後に、揚げ足取りのようなことを申しますが、妹さんの特徴をあまりにも明瞭に語っていらっしゃる点も引っかかりました。前触れもなく消えた人間の服装を完全に覚えている人は滅多にいないものです。探偵事務所を訪ねるのは初めてということだから、繰り返し話したために覚えておられる、というわけでもない。……別の考え方もできます。妹さんが消えた時、前兆もしくは強烈な印象を受ける出来事が、本当はあったのではないか」
 顔を上げた私が何事か口走る前に、探偵は凪いだ瞳で私を見据えた。
「こうなると前提そのものを疑わざるを得なくなってくる。誠に失礼ながら、あなたは人を探しているとは思えないのです。むしろ、何かに追い立てられて、助けを求めて、逃げてきたのではありませんか」
 私は両手で顔を覆った。喉が震え、嗚咽が止まらなくなった。
 間宮氏は少しの間席を外し、私が落ち着いて色々なものを受け止められるようになるまで待ってくれた。戻ってきた彼の手には新しい紙コップが二つあった。
「先に見せていただいたお写真、まだお返ししていませんでしたね」
 コップを置き、間宮氏が写真を両手で持って返してくれた。私は受け取ったツーショットの写真をぼんやりと見つめた。私の可愛い妹。もういない妹。
「お写真に映ったお二人の表情は、安らぎと慈しみに満ちている。きっと妹さんとは、良好な関係を築いておられたのだと思います」
 また涙がせり上がってきて、私は熱いお茶を無理やり飲み込んだ。
「……交通事故でした。居眠り運転のトラックに轢かれて、あっけなく。通夜でも葬式でも親がわんわん泣いて、私は泣けなかったんです。私って冷たいなあって、遠くから自分を眺めてるみたいに過ごしてました。ある夜ふとカレンダーを見たら、次の日が初七日だったんです。認識した瞬間、目の前がかーっとなって、気が付いたら家を飛び出してました」
 お茶を啜る間宮氏が一言も口を利かないのをいいことに、私はぽつりぽつりと無秩序に話した。
「日常を離れて、現実から逃げているうちに、もしかしたら私の認識の方が間違っているんじゃないかって思ってしまったんです。突然いなくなってしまったんだから、それってつまり行方不明じゃないか、探偵さんに探してもらえば見つかるんじゃないかって思えてきて。馬鹿ですよね」
「大切な人を喪った時は、そういうものです」
 目を伏せて、ぼそりと間宮氏が言った。
 私は席を立ち、深く頭を下げた。
「突然お邪魔して、ご迷惑をおかけしました。もう家に帰ります。道中見かけたコンビニでモバイルバッテリーさえ買えたら、後はなんとかなるはずなので」
 親からの連絡も無視し続けているから、さぞや心配をかけていることだろう。妹だけでなく私までいなくなったのかと思わせているかもしれない。とんだ親不孝をしてしまった。
「お気をつけてお帰りください」
 間宮氏が見送りしてくれる。戸口をくぐる間際、私は勇気を出して振り向いた。
「何かあったら、またこちらの事務所に伺ってもよろしいでしょうか」
 探偵の丸い目がぐっと大きくなった。
「お家からはずいぶん遠いのでは」
「それでも探偵さんのお世話になりたいんです。……次はちゃんと、開いてる日に来ます」
 私が急いで付け足した言葉に、間宮氏はふっと頬を緩めた。その思いがけぬ優しい表情に、ああ、こんな顔もする人だったのか、と思う。
「探偵の世話になるようなことは起こらないのが一番です。しかし、もしも必要がありましたら、この間宮林蔵、誠心誠意対応させていただきます」
 微笑む彼の背後に、手書きの地図が広がっている。彼の作り上げた世界が、彼と私を見守っている。次に来た時には、花瓶にも花が活けられているだろうか。オオサンショウウオは変わらず私を出迎えてくれるだろうか。
 想像すると、自然と私の頬にも僅かな笑みが浮かんだ。妹がいなくなってから、初めて笑った日だった。畳む

雑記